僕は頭を抱えた。
一体どうしろというのだ。
人間の基本的な欲は三つあるという。
食欲、睡眠欲、それに性欲だ。
結局は人間も動物で、生きて子孫を残せればいいということを顕著に表している。
下手に知恵がある分他の動物よりは繁栄したが、原点を見つめれば彼らと何ら変わりはないのだ。
それが、とウィルは違った。
本当は違わないのかもしれないが、違って見えた。
は性欲が残りの二つの欲で塗りつぶされているような人間。
ウィルは逆に食欲と睡眠欲が塗りつぶされている。
極端な人間が集ったものだ。
この二人はまるで正反対だったが、意外と気は合っていた。
もっとも、は少々ウィルを軽蔑している節があったけれども。
は本から顔を上げ、狐につままれたような顔をしていた。
僕は僕で苦笑いしつつ困り入った顔をしていたと思う。
「…リドル?」彼女は得体の知れない物体を見るかのように僕を指差して首を傾げた。
「あ、本返しに来たの?わざわざ今日じゃなくても良かったのに」
ウィルがの部屋で盛大な溜め息を吐いているのが目に見えるようだ。
高度な魔法だからもう使ってはいないだろうが、そういう勘は変に鋭い。
「いや、ここは僕の部屋だよ」微苦笑しながら言った。
「…ウィル?」親の敵のような目で、さっきまで画面のようなものが浮かんでいた方を睨みつけた。
の鋭さには感心してしまう。
恋愛関係のことはひどく奥手で鈍いのに、魔法や知識関連のこととなると鋭い。
いつもの間抜けな応対などは作り物なのでは、とすら思ってしまう。
「全く!私をリドルのとこに連れてきて何がしたいのよ、あの男!」
やはり鈍かった。
は運動神経もひどく鈍い。
飛行術という教科さえなければ、主席の座は彼女のものだっただろう。
しかし残念なことに、どの学年も飛行術は必修科目なのだ。
はその授業に出席したためしがない。
それでも落第することなく進級できているのだから大したものだ。
「リドルが勉強分からないなんてことないでしょう?
他には…突然チョコが食べたくなったとか?」
ウィルならば「むしろ食べたいのは君だよ」くらいのことは言いそうなものだがこの鈍感娘は
真顔で「人肉って酸っぱいらしいよ」などと切り返してきそうだ。
『切り返している』自覚もないだろう。
この状況をどうやってに説明すればいいのか。
僕は途方に暮れて額を右手で押さえた。
はで困っている僕を不審そうに見た後、持っていた分厚い本を読み始めた。
「。わざわざこんなところで読むこともないだろう?」
「だって、黙ってるんだもん。ウィルは何がしたいわけ?あの色狂」ひどい言い草だ。
あれでも学年では五本の指に入るくらいの成績を保ち続けている。
異性関係は感心できないが、賢さは相当なものだ。
はまだ本を読みつづけている。
僕は杖を一振りして彼女から本を取り上げた。
本の表紙には『魔法界株で儲ける方法』と書かれている。
溜め息が出た。
「…活字なら何でもいいのか、は?」
「将来お金は欲しいでしょ。楽して儲かる方法って言ったら、株とかギャンブルじゃない」
でも私は籤運とか悪いからさ、とは言った。
どうやってこの会話から、そんな色気のある話題へ持っていけというのだろうか。
こんなに僕が苦悩した相手は今も昔も以外にいない。
それくらい僕はが大事だった。
傷つけたくなかった。
本当に大切だったから。
「金なんか必要なくなるよ」
「どうなるか分からないでしょ」彼女は苦笑いしながら間髪入れずに呟くように言った。
「リドルの気が変わったらどうするの?一人で路頭に迷うのは御免だし」
その一言に僕は思わず顔をゆがめた。
「僕の気が変わるって、それはどういう意味だ?」僕の声は低くなった。
は僕から視線をそらして俯いた。
僕達の間には言い様のない暗い空気が沈黙と共に流れた。
と僕の間に、こんな険悪な空気が流れ込んだのは初めてだった。