今までに付き合った女はウィルの証言通り七人いる。
一人は肉体関係を持つには至らなかったが、他の六人はそうなった。
むしろそれ目当てでお互い付き合っていたと言っても過言ではない。
最初は割り切っていても、彼女達は皆段々と僕を自分のもの扱いしたがるようになっていった。
「私のこと、好き?」と一日に何度も尋ねてくる女。
始終一緒にいないと気がすまない女。
形は様々だったが、皆根底に流れているものは「自分のものにしたい」ということだった。
自惚れと言われるかもしれないが、実際そうなのだから仕方がない。
面と向かって「貴方が私の物になってくれればいいのに」と言われたことさえある。
その場で忘却術をかけた。
付き合った女には全員忘却術をかけた。
優等生の「トム・リドル」の仮面を、あんなにも下らない女如きで汚すわけにはいかなかった。




は違った。
彼女が特別に素晴らしいというわけではない。
もっと懐いて欲しいと思う男も山ほどいるだろう。
現にウィルはその一人で、を冷たいと言っていた。




は他人を束縛することを極度に恐れている節があった。
他人は絶対に自分のものにならないと分かっていた。
僕は僕で、僕以外の何者でもない。
で、以外の何者でもないのだ。
彼女は決して「私のこと、好き?」などという質問を浴びせてこなかった。
一日のほとんどの時間を共に過ごしていても、どこか距離を置いていた。
常に第三者として自分を見ることの出来る位置に立っていた。




は結局、僕の事を信用していないらしいね」僕は低い声で感情を押し殺すように呟いた。
は尚も俯いたまま黙っている。
思わず盛大な溜め息が出てしまった。
右手で前髪をかきあげると、左足を右足の上に乗せるように足を組み、椅子にひじをついて頭を乗せる。
まるで考える人のようなポーズをとる。
僕のいらついた時の格好だ。
これは今でも変わっていない。




「一生なんてもの、ありえないと思わないの?」はやっと一言口にした。
蚊の鳴いたような小さな声で、わずかに震えているように思える。
「きっと、いつかリドルは私なんか嫌いになる。鬱陶しくなる。目に見えるよ、そんな日が」
の肩は震えていた。
単語の一つ一つを噛み締めるようにゆっくりと紡いだ。
その一つ一つが彼女を傷つけていく。
「どうしてそんなこと思うんだ?」僕はひじをついている手から頭を上げた。
「人間なんて、根底に流れるものは皆一緒なんだよ。
感情なんていうのは、一番不確かなもので、その時々によって変わるの。
これは全人類に共通していることなの。
そんなものにいちいち振り回される愚かな生き物が人間という動物なんだよ。
それは私もリドルも変えられない」
は一気に話すと一息ついた。
彼女がこんなに長く話すのを僕はこのとき初めて聞いた。
「世界を手に入れる人がそんなものに逐一構ってたら大変。世界はもっと変化するんだから。
きっと、リドルは世界を手中に収めたと同時に私がいらなくなる。
より好きなものが増えるんだから。一番欲しいものが手に入るんだから」




の言葉が終わらないうちに、僕は彼女を抱きしめていた。
抱きしめたの肩は細かく震えていた。
僕は抱きしめる腕に力を込めた。
思えば、僕はを抱きしめたことがこのときまでなかった。
子供を育てるとき、一番大事な愛情表現は「抱きしめる」という行為らしい。
これは子育てでなくても一緒なのかもしれない。
キスや房事より、よほど大切な愛情表現だと思う。




「分かった、もういいよ」僕は彼女を掻き抱きながら囁くように言った。
「僕はのいない世界なんて欲しくない。この世で一番手に入れたいのは、だ」
何て陳腐な科白なのだろう。
自分の表現力の無さをこんなにも情けなく思ったことはない。
思いは、言葉よりももっと強いものなのに、表現できない。
は僕に色々なものを教えてくれた。
言葉で、ではなく、というその存在で。
僕の気持ちは言葉などという限られたものでは到底表現できないものだった。
は僕の胸の中で泣いていた。
長い間泣いていた。
声さえあげなかったが、小さい子のように泣き続けていた。
抱きしめた彼女からは甘くほろ苦い味同様の香りがした。




僕は彼女を胸に抱いたまま眠った。
この世で最高の恋愛感情と共に。
この世で一番大切な人と共に。