
魔法薬学のレポートを書くために、僕と親友のウィルは図書室にいた。
ウィルは女子生徒に人気があった。
同性から見ても整った顔立ちをしていて、頭もよく、性格も悪くない。
愚かな最期だったが、今でも思い出すと懐かしい。
とりあえずウィルはしょっちゅう女をとっかえひっかえしていた。
「トム、ヒカルと付き合ってるのか?」とおもむろに彼は尋ねた。
「さぁ?」
「何だ、その答えは」
「付き合ってるというのか?この状態は」
「さぁ?」
いたちごっこな会話を交わし、二人で顔を見合わせると同時に吹き出した。
あの頃は全てが鮮やかだった。
「キスはしたのか?」
「してない」
「…どういう関係なんだ?」彼は訝しげな表情を見せた。
「あんなに一緒にいるのに」、と。
告白されればすぐに付き合い、肉体関係を持つ。
しばらくして分かれたと思えばまたすぐに付き合う。
そのような交際を繰り返す彼にとって、僕の行動はかなり不可解なものだったに違いない。
欠伸をして、ウィルは分厚い魔法薬学の辞典を閉じた。
文字を大きくして長さを稼いだらしい。
くるくると羊皮紙を巻きながら言った。
「どうしたいんだ、トムは?」
「このままでもいいんじゃないかと思うときはある。ヒカルも…きっとこのままを望んでる」
僕はやっと書き上げた羊皮紙を持ち上げてみた。
我ながらなかなかの出来栄えだと思う。
本を閉じて重ねると、ウィルの方に向き直った。
「あんまりそういう色気のある子じゃないからね」
「じゃあ、ヒカルに恋人が出来たとしてもトムは構わないのか?」
あまりの愚問さに思わず顔を歪めてしまった。
「構うよ。大いに構うさ。その男を殺すね、多分」
僕が首を切る真似をすると、ウィルは笑いながら言った。
「それじゃ早くモノにしろよ?取られてからじゃ遅いんだぞ、ヴォルデモート卿」
ガッツだぜ!とささやいて肩を叩くと、彼は羊皮紙を二巻抱えて足早に机から去っていった。
不審に思って彼の向かった図書室の入口を見ると、ヒカルがウィルに挨拶しているのが見えた。
僕と一緒にいるようになってから何もされなくなった、と彼女は嬉しそうに言っていた。
「傷は治せばいいが、折角書いたレポートを切り刻まれると大変なんだ」と。
年頃の女の子にあるまじき発言だと思う。
いじめられなくなっても、一人でいるときの彼女の瞳は深い孤独を湛えていた。
僕がヒカルに向かってひらひらと手を振ると、がらりと瞳の色を変えて小走りで近寄ってきた。
太陽色とでも言うべきだろうか。
あの目の色は誰にも真似できない。
孤独な闇色の瞳とのギャップがまた僕には魅力的にうつった。
ヒカルは僕の横に座ると、「レポート終わった?」と差し障りのない質問をした。
僕が、巻いた羊皮紙を少し上に持ち上げると、彼女は
「すごいなぁ、提出は一週間四日後なのに」と
呟いて僕の手から羊皮紙を抜き取ってさり気なく読み始めた。
「盗作はよろしくないですよ、ミス・アマノ」
魔法薬学の担当教師の声を真似てみたが、ヒカルは完全に無視して読んでいた。
僕はレポートを彼女の前から引き取り、片付けた。
恨めしそうなヒカルの表情が窺えるが、気にしないのが一番だ。
「苦手なんだよねえ」
「つい最近まで自分で書いてただろう」
「人類というのは、どれだけ楽をして利益を出るかを考えて発展してきた生き物なのです」
だから寄越せとばかりにヒカルは僕の方へ手を伸ばした。
試験も近くない上にどの学年でもレポートの宿題等は出ていないらしく、閲覧スペースには
僕とヒカルしかいない。
本棚の前で大量な本の背表紙と睨めっこしている生徒が三、四人いるくらいだ。
「ねえ!聞いてンの?よ・こ・せ!!」
こんな性格の持ち主だとは、本当に思っていなかった。
不服そうに眉を少し吊り上げて僕の方へ手を差し出しているヒカルを見ながら、まだまだ
人を見る目がないなと反省した。
「聞いてないでしょう!」とうとう本気で怒っているぞ、という表情を見せた彼女を見て
僕は無意識のうちに笑ってしまった。
本気で怒ってはいないことが一目瞭然だ。
小さな子供が大の大人をぽかぽかと叩くような雰囲気を醸し出していて、妙に愛らしかった。
そのとき、僕の頭には「モノにしてしまえ」という悪友ウィルの言葉が浮かんだ。
「いいよ、見せてあげる」
にやりと笑うと、彼女の表情は百八十度変わった。
曇った日に突然太陽が顔を出したように眩しい。
「ただし」僕は胸の前に突き出された細い手首を掴むと、自分の方に引っ張った。
勿論そんなことを予想もしていない彼女は僕の胸に倒れこむような形になる。
ヒカルが慌てて僕の胸から顔を話すその瞬間を狙って、僕は彼女の顎を片手で少し上に持ち上げると
彼女に口付けた。
ヒカルの唇は甘い味がした。
唇を離して目が合うと、僕たちは言葉に出さずとも目の上だけで合意が成り立ち、もう一度キスをした。
甘い味と思ったが、二度目は甘い中にも何となく苦いような味を感じた気がした。