どちらからともなく挨拶をし、食事をし、授業へ行く。
日が経つにつれて僕のへ対する恋愛感情は画然たるものとなっていった。
一緒にいる時間も増えていった。
友人に「お前のこと好きだろう?」と尋ねられたら、「何を今更」と白々しい
気分になっていたに違いない。
それくらい明白なことだった。
僕が僕自身であることと同じ位に。
僕はと話をするのが好きだった。
「話す」という行為は、相手をよく知るための一番手っ取り早い手段だと思う。
つまり、僕はのことをよく知りたかったのである。
「僕は将来『ヴォルデモート』という名前を使って生きていく」
何かの拍子に彼女にそう言った。
その「何か」は不覚にも覚えていない。
もしかすると、突然口に出したのかもしれない。
彼女はその言葉にきょとんとした顔をした。
「何?ヴォルテール?」
思わずがっくりと肩を落としてしまいそうな受け答えが彼女は好きだ。
「思想家になりたいの?モンテスキューの方がいいよ」
知識が無駄に多い分厄介である。
フランス人の思想家で小説家で劇作家のヴォルテールとモンテスキューを比べるか。
「何はともあれ、我々は我々の畑を耕さなければなりません。」と彼女は言った。
「違う、『ヴォルデモート』。L、O、R、D、V、O、L、D、E、M、O、R、T」
このままボケ倒されても困るので、軽く無視して話を元に戻した。
僕は名前の部分を強調しつつ、ゆっくりと発音し、ついでに名前のスペルも教えた。
「"LORD VOLDEMORT"」彼女は反芻するように呟くとしばらくの間口を閉ざした。
「なんだ、名前をもじっただけか」
突然、噛んで吐いた様な物言いをすると、つまらない魔法史の教科書に目を落とした。
魔法史の教師はやる気というものが欠落しているような老人で、話していようが居眠りしていようが、
彼の声を打ち消さない程度のことなら全く注意をしなかった。
実際にその授業は内面的な学級崩壊が起きていた。
も教科書に目を落としたものの、何も聞いていない。
開いている場所がまず違う。
「いい名前だろ?」
「単純なネーミングセンスだなぁ。私ならもっといい名前をつけるよ」
「例えば何だい?」僕が頬杖をついて尋ねると、彼女は目を輝かせてこちらを向いた。
普段は滅多にしないこの輝いた瞳は、夜空に輝く一等星をも圧倒しそうな煌きを放っていた。
「ウィリアム・シェークスピアとか」
「口に出すのも恐ろしくなる名前だよ?
シェークスピアという言葉を口にするたびに怯えなきゃならないのかい?」
「リチャード・アークライト」
「だから、歴史上の人物はダメだって。僕なんかよりよっぽどネーミングセンスがないじゃないか」
はつまらなそうに、「なぁによ、もじり魔」と謎めいた言葉を発して僕の顔をじっと見た。
退屈な老人特有の聞き取りにくい、くぐもった声が遠くで聞こえる。
女子生徒がくすくすと忍び笑いをしている声も。
僕との間には静寂が漂った。
まるで、神聖な教会か何かにいるようだった。
会話の途中に静寂が訪れるということは、普通の人間にとっては苦痛なことだろう。
だが、僕はそれすらも心地良かった。
彼女と会話が途切れたわけではないことが分かっているから。
「ネロ帝になってどうするの?」
「マグルを皆殺しにする。僕の世界を作る。無能な奴等は排除する」
は憂いを帯びた笑顔を見せた。
その笑顔が妙に切なくて、僕は彼女を抱きしめたい衝動に駆られた。
「君に僕が手に入れた世界を見せてあげる」
僕の一言に、また彼女は黙っていたが、しばらくすると言った。
「見せてね」と太陽のような笑顔で、にっこり笑って。
僕には眩しいくらいの表情が一種の脅威であったように感じる。
まだ嘴が黄色かった僕は、彼女につられて微笑んでいたけれど。