いじめは五年生になってもまだ続いていた。
どんどん大っぴらになっているのに、先生達は一向に気付かなかった。
いや、きっと気付かないふりをしていた。
スリザリン寮の生徒の多くは由緒正しい魔法使いの家系で、親が権力を握っている。
例えばホグワーツの理事、例えば財政界の大臣クラス。
そんな家の子供を「マグルを中傷していた」などという理由で注意してみれば、
自分達の立場が危うい。
たちまち収入のない惨めな生活になりかねない。
を気にかけながらも、注意は出来ない。
役に立たない教師ばかりだった。
自分の首が飛ぶのを恐れて生徒を見殺しにする。
一番卑劣な大人が偉そうに教壇に立っていることを考えると、虫唾の走る思いがする。




そんな中で、とうとういじめに男子生徒も荷担するようになった。
それまで男子が表立ってを苛めることは、僕の知る限り一度もなかった。
すれ違い様に暴言を吐いたりする生徒はいたが、直接彼女に手を出すのは女子生徒だけだった。
能無しの彼らは「を泣かせる」ことが目的だった。
初めのうちは、やはり女に手を出すのは忍びなかったようで、女々しくの持ち物を
隠したり壊したりしていたが、ある日とうとう一人の男子生徒がに殴りかかった。
彼は日頃の鬱憤を晴らすかのように彼女を殴りつけた。
欲求不満の男がジムでサンドバックを叩くかのように見える。
談話室には数人の生徒がいた。
薄笑いさえ浮かべている女子生徒、悲痛に顔を歪めている男子生徒。
誰も手を出さなかった。
ただその様子を見ているだけだった。
彼は壁に彼女を押し付けるようにして握り拳で殴り続けた。




ひとしきり殴ったと思ったら、今度彼はの上に馬乗りになるとまた殴り始めた。
の目にうっすらと浮かんだ涙が見えた。
その瞬間、僕は父に殴られて泣いている母を見た。
暴言を吐かれながら、母は父に殴られて泣いている。
気がつけば僕はその男子生徒を殴り飛ばし、を助け起こしていた。
友人に言わせれば、殴られていたより、よほど悲愴な顔をしていたらしい。
あまりにも突然の出来事に側にいた友人も数人の生徒も呆気に取られ、
彼女を打擲していた男も呆然としていた。
あのとき友人が我に返って止めてくれなければ、僕はきっと三度ホグワーツで殺人事件を
起こしていただろう。
それくらい激しくそのくらい激しくその男子生徒を殴打した。




憎悪している父に男の姿が重なり、が泣いている母に重なった。
僕は母を助け出さずにはいられなかった。
実際に僕は父が母を殴っている場面など見たことはないのだが。
今になってみれば、あの映像は、僕とを結び付けるために現れたのではないかと思う。