僕が秘密の部屋の入口を探し当てる少し前くらいから、は少しずつだが、元気をなくしていった。
食事の量は日に日に少なくなっていき、それに反比例するように睡眠時間が増えていった。
あの甘く、ほろ苦い香りが強くなってきていた。




僕達の歯車が完全に噛み合わなくなるまでに、大した時間はかからなかった。
世界の終わりを告げる鐘は鳴り始めていたのだ。




にあの小瓶は何かと尋ねると、彼女は笑いながら栄養ドリンクだと答えた。
内緒で祖国から十箱分を持ってきたのだ、と。
そのとき僕は彼女の祖国である「日本」という国のことを聞いた。
春は桜が美しく、夏は太陽がさんさんと輝き、秋は紅葉が美妙で、冬は真っ白な雪が光る。
「ちょっと帰りたいかも。帰ったら帰ったで、哀しいんだけどね」
彼女は寂しそうな笑顔を見せた。
「哀しい」理由は話さなかった。




は桜が好きだといっていた。
満開の桜のプロムナードは最高だと話していた。
だが、彼女が在学中に、生きて見ることのなかった桜のプロムナードは美しくなかった。
が見なかったものは、僕の心にも映らない。




いつか一緒に行こう、と僕が言うと彼女は笑ってうなずいたのに。
「リドルが一緒なら哀しくないかも」
と言って、笑って。




僕がとうとう秘密の部屋を見つけ、マートルを殺し、ルビウスに濡れ衣を着せたあたりから
は目に見えて痩せてきた。
談話室で死んだように眠る時間が増えていった。
そのうち食事も喉を通らなくなり、彼女の体内に入るのは、あの「栄養ドリンク」だけになっていた。
医務室へ連れて行こうとしても彼女は頑なにそれを拒んだ。
もし無理に連れていけば、その場で自殺してしまいそうな勢いがあった。
僕の知っている限りの魔法を駆使してみたものの、なんら効果はなく、はどんどん痩せていった。
魔法でも治らない病気は一つしかない。
僕はそのとき、そんなことにも気付かなかった。
馬鹿の一つ覚えのように治療用の魔法をかけ続けた。
「医務室へ行こう。このままだと死ぬぞ」
僕が言うと、は力なく笑って首を横に振った。
「行かない。絶対にいやだ」の青白い肌が今にも消えてしまいそうだった。
思わず僕の両目から涙が流れ出た。
が消えたら、僕はどうなるのだろうか。
「何泣いてンの、リドル」
はうっすらと目を開けると、優しく僕の涙を手で拭った。
「死ぬわけじゃないんだからさ…」
力なく笑った彼女を、僕は力の限り抱きしめた。
抱きしめたは、泡のように消えてしまいそうだった。
情けなく涙を流しながら、僕はを抱きしめつづけた。




この後、僕はを二度と抱きしめることはなかった。