は将来、何になりたいの?」
ジェームズの質問に、私の大親友であるはつまらなそうに一言答えた。




「金持ち」




…と。




その答えを聞いた、ジェームズの親友の一人、シリウスは紅茶を吹き出した。
相変わらず下品で汚いわね。
だから彼女が出来ないのよ。
ジェームズやリーマスを見習ったらどうなの?
「おい、リリー!聞こえてんぞ、思いっきり!」
聞こえるように言ってるんだから当たり前でしょうに。
これで聞こえてないなら、補聴器をつけた方がいいわよ。
シリウスはこちらをすごい目で睨みつけながら、吹き出した紅茶を拭いている。
「…夢がないねぇ、。可愛く『お嫁さん』とか」
ジェームズが頭を掻きながら言った。
いいわね、夢がお嫁さんなんて、素敵だわ。
「気持ちが悪いだろう」
は読んでいる本から顔も上げずに返事を返した。
まぁ、突然貴女が「私?将来は『お嫁さん』になりたいの」なんて言ったら気色悪いわね。
この通り、ぶっきらぼうな子だけれど、本当はとってもいい子なのよ。
私が保証するわ!
態度はちょっと冷たいけど、心根は優しいし。
実は心配性で、照れ屋で、本当に可愛いの。
「…リリー、何独り言言ってんだ?」
紅茶を拭き終わったらしいシリウスが、心配そうな顔をして私を見た。
あなたに心配されるほど落ちぶれちゃいないわよ。
人の心配してないで、自分の性格なおしたらどうなのよ。
野郎、人を無視しやがった。
実は耳が遠くて聞こえてないだけでしょう。
私には分かるのよ!
昨日だって寮に帰ってこなくて、あんなに敵対視してるスリザリンの寮に…
「分かった!悪かった、リリー様!」
馬鹿な男ね。
まあ、いいわ。
土下座までしていることだしね。




は先ほどから、ずっと本を読んでいる。
その横で、彼氏であるリーマスは微笑みながら紅茶を飲んでいる。
あの紅茶は、が夏休みにカナダで仕入れてきた「エンプレスホテル」の紅茶だ。
私ももらったけど、あれは美味しい紅茶だったわ。
にこにこしながら飲みたくなる気持ちがよく分かる。
だけど…傍から見たら気持ちが悪いわよね。
まあ、それは置いておいて。
飲んでいたカップから口を離すと、リーマスが尋ねた。
「どうして金持ちになりたいの?」
「あるに越したことはないからだ」
確かに、そのとおりね。
無いよりはあった方がいいわね。
なんて短的で的確な答え!
素晴らしいわ、
「リリー、ばっかり誉めてないで、僕も…」
愛しのジェームズが何か言っているけど、今は無視させて頂くわ。
私は今に焦点を当てているのだから!
「そうだね、越したことは無いね」
リーマスは頷きながらまた紅茶に口をつけた。
「リーマスはそんな下らない理由が聞きたかったんじゃねえだろ」
シリウスが呆れたように言った。
「下らない理由とは何だ、シリウス君。あるに越したことがない、というのは随分と正当性のある
理由だと思わないか?」
「んなもん、皆分かってることだろうが」
「だったら聞かなければ良い。私がそんな突拍子もない理由を思いつくわけないだろう」
シリウスは悔しそうな顔をして黙り込んだ。
言い返す言葉が見つからないようだ。
これまでの会話の中で、は一度も本から顔を上げていない。
さすが私のね!
本を読みながらあの小憎らしいシリウスを黙らせるなんて!
「いやぁ、は頭がいいね。さすがだね」
リーマスがにこにこ笑顔に一層拍車をかけた。
「じゃあね、お金とシリウス。どっちが大事?」
どうしてそこでシリウスを引き合いに出すのかが分からないわ。
「金」
は引き続き本から顔も上げずに即答した。
「おい!お前、俺より金が大事だっていうのか!?」
「当たり前だろう」
その冷たい突き放し方が何とも素敵なのよ!
このホグワーツで、このかっこつけの馬鹿犬にそんな対応をする女の子は貴女くらいしかいないわ!
さすが私の親友よ!
「金がなくても、友達が側にいりゃいいじゃねえか!」
は完全にシリウスを無視している。
シリウスは完全にショックを受けている。
この二人、どうしてこれでも気が合うのかしら。
隣でリーマスが複雑そうな顔をしている。
確かに、彼氏としては複雑よね。
だって、どつき漫才に見えるんだもの。
本人達は本気なんでしょうけど、周りから見ると息の合う漫才に見えないこともないのよね。
私はを知っているから、本気で答えていることは分かるんだけど。
リーマスも、シリウスに話題を振らなきゃいいのに。
「じゃあリリーと金だったらどうすんだ!?」
「リリー」
ああ、やっぱり私達は親友よね!!
この馬鹿犬、私達の綺麗な友情と金を比較しないでくれるかしら?
「ジェームズと金!」
「金」
ジェームズは頭をトンカチで叩かれたような顔をしているわ。
可哀想に…。
これでも仲が良い方なのにね。
は照れ屋だから、実は照れてるだけかもしれないわよ、ジェームズ。
シリウスに対してだけは本気だと思うけど。
「リーマスと金!」
「金」



…。
その答えは頂けないわね…。
恐ろしくてリーマスの顔が見られないわよ、私。
恐る恐るリーマスの顔を見ると、メデューサより気迫のある顔をしている。
メデューサなんて見たこともないけどね。
それくらい怖いのよ!分かってくれるでしょう!?
下手に微笑んでるものだから、それが怖さを倍増するの。
あんなのを彼氏にするの頭の中を見てみたいわ…。
ゆっくりとティーカップから口をはなすと、妙に静かにそのカップをテーブルに置いた。
静まり返った談話室に、カップがテーブルに置かれた音だけが響いた。
真空状態というのは、こういうことをいうんだわ。
何だか部屋の温度が二度くらい下がった気がする。
シリウスもジェームズも狼狽した表情でリーマスとを見比べている。
で本から顔もあげていない。
気付いてないのはあなただけなのよ、
リーマスは薄気味の悪い笑みを浮かべて、の手から本を静かに抜き取った。
そして、その薄気味の悪さに輪をかけて、微笑みながら言った。
「ちょっと、外行かないか、
一応疑問形になってはいるものの、最後にクエスチョンマークがついていなければ意味がないのよ。
むしろ疑問形というより、命令形だわ。
「やだよ。本返せ」
「行こう、外」
「寒いし面倒」
「今、外の気温は十九度だ。寒くはない」
「二十二度以上じゃないと寒いというんだ」
不毛な会話が繰り広げられている。
二十二度って、そんな半端な気温があなたには分かるの?…。
リーマスの顔はどんどん冷たくなっている。
これ以上は見ていられないわ!
早く外に行ってくれないと、この談話室が北極と化しそうよ。
そのとき、堪忍袋の緒が切れたらしいリーマスが、突然を抱き上げた。
俗に言う「お姫様抱っこ」というやつね。
「おい、リーマス。頭とち狂ったのか、放せ」
言い方はぶっきらぼうだけれど、は内心かなり焦っている。
微妙に頬が赤くなってきてるから、すぐわかるわよ。
「さ、外行こうね」
リーマスはにこにことメデューサの微笑を浮かべて談話室を出て行った。
彼らがいなくなった瞬間、ジェームズとシリウスは息を思い切り吐き出した。
まるで「どっちが長く息を止めてられるか」ゲームをしてた後のように。
さて、の運命や如何に!










何怒ってンの、コイツ…。
変な持ち方で人をこんな裏庭まで運んできてさ。
突然木の下に降ろしたら、その隣に座り込んでさ。
そのまま黙ってあらぬ方向を睨みつけてるわけ。
何なんだ?
用がないなら帰るぞ。
私はあの本の続きが気になるんだよ。
次の名探偵のセリフでやっと犯人がわかるんだから。
立ち上がろうとしたとき、何かに引っ張られてまたそこに座ることになった。
引っ張ったのは紛れもない、この何か怒ってる少年。
「何怒ってンの?」
一応聞いてみる。
別に何も悪いことしてないし。
何が悪いとか言われても困るんだけど。
もしこれが、あの小憎らしいシリウス君だったりしたら絶対聞かないわけ。
杖で頭叩いて昏倒させてやるけどさ。
リーマスは一応彼氏だし。
一応好きなわけだし。
あんまり怒られても困るのよ。
気分悪いっしょ?
「…リーマスー?」
そっぽ向いて黙り込んでンの、感じ悪いぞ、コラ。
溜め息をついた瞬間、リーマスが勢いよくこちらを振り向いて、その勢いに乗せてキスをした。
いつになく乱暴な雰囲気なんですけど…。
本当にどうしたんでしょうか、この少年。
因みに、私はかなり恥ずかしがり屋なので、こういうスキンシップは慣れないのね。
今だって顔は何気に真っ赤になってます。
口を離すと、リーマスは大きく溜め息をついた。
何よ、口臭がきつかったとかか?
どうしよう…因みに口臭というのは口の中が乾いたときにきつくなりやすいんだと。
緊張しているときや寝ているときとかね。
「…金の方が、僕より大事なんだってね?」
ああ、そのことか。
照れ隠しに決まってんでしょう、この御馬鹿!
シリウス君に「リーマスのが大事よ」なんて言えるわけないでしょうが!
何年付き合ってンだよ、それくらい気付け、阿呆。
「あのさ、リーマス、あ」
「もし、シリウスに金積まれたらシリウスと付き合うわけ」
思わず絶句した。
開いた口が塞がらなかった。
ちょっと待て、あの男と私が付き合うのか?
引き合いに出すものが悪過ぎやしないか?
せめてジェームズにしてほしいんですが。
リリーには悪いけど。
想像しただけで気持ち悪ィ。
「リーマ」
「そんなに金が大事なら、どっかの大金持ちと付き合えば?」
竹刀で後頭部を殴られたような気がして、突然両目から水の粒がぼろぼろと零れ落ちてきた。
これ、何よ。
涙じゃん。
何年出してなかったかな。
とりあえず、ここの学校に来てからは一度も出たことはないかも。
リーマスがこちらを向いて、ぎょっとした顔を見せた。
目の前がぼやけてきた。
やばい、涙が止まらないぞ。
別に、本気で言ったんじゃないんだよ。
シリウス君に「リーマスのが大事」なんて可愛く言えなかっただけなんだよ。
他の人だってそうだよ、シリウスは半分本気だったけど。
金なんかよりジェームズとかリリーとかリーマスの方が大事に決まってるだろ。
本当に四年目の付き合いなワケ?
私が言葉に出して言うのが苦手なのくらい知ってンだろうが。
今の、ちょっと日本語がおかしかったかも。
、ごめん」
私みたいなのが泣くと、結構気味が悪いかもな。
リリーが泣くと、女の私から見ても可愛いわけ。
だけど…ねえ、こんな不細工が泣くと、不細工にもっと拍車がかかりそうなもんじゃない?
何しろ、まず可愛くないし。
抱きしめてあげたくならないし。
あ、もうちょっと可愛げがあったら、こんなことにもならなかったんだろうな。
リーマスは困ったような表情をしているように見えた。
そりゃあ、困るだろう。
実際に私も困っているんだ。
何が悪くてこんなことになったんだろうか。
…原因は全て私か。
「ごめん」
泣きながら謝ったものだから、声が嗚咽にかき消されていた。
「ごめん」
リーマスの表情に一層困惑の色が強まった。
これは、俗にいう「修羅場」というやつだろうか。
いや、修羅じゃないな。
昔、泣き虫ポロリというキャラクターがいたな。
鼠でピーマン食べられないやつ。
ジャジャマルとピッコロと出てくるやつ。
ポロリ場…か?微妙な感じがするんだが。
「ごめん、リーマス」




突然リーマスが吹き出した。
笑いながら、リーマスは私を抱きしめた。
人間がひっつくと温かいな。
私が言うと気色悪いが、温かいのは当たり前だ。
人間の平熱は三十六度もあるのだから。
それだけじゃない気がしないでもないのだけれど。
「ごめんね、別に泣かせるつもりはなかったんだけど」
じゃあどういうつもりだったんだ。
「あまりにも『金』って即答するからむっとしてね」
ゆっくり言えば良かったのかよ。
「本気で言ってんだと思っちゃってね。久しぶりに頭に血がのぼったわけだよ」
そう、昔から気付いてたけど、怖いんだコイツ。
怒ってても笑ってんだもん。
笑いながら怒る人っていたよね。
あの雰囲気。
しかも笑いが「微笑み」だから尚更怖いわけ。
ナチュラルくさいから。
「で、あんなこと言っちゃって。まさか泣くとは思わなかったから」
リーマスは抱きしめる腕に力を入れた。
「ごめんね、ちょっときつ過ぎたな」
ええ、ええ、きつかったですとも。
こんなに涙が流れたのなんて久しぶりだっての。
は口数が少ないし、態度が冷たいから。たまにはこういうのもいいよね」
笑いながら言うリーマスの声が聞こえた。
また泣かせる気か、こんちくしょう。
絶対泣いてやらないぞ。
こんな不細工な顔、二度と見せてたまるか!
「泣いた顔も可愛いもんだよね」
とうとう頭がとち狂ったようで。
大丈夫かな。
角膜やら水晶体やらが腐っていたりするんじゃないだろうか。
「今、ものすごく失礼なこと考えてるでしょう」
何でわかるんでしょう。
私の顔も見えてない状態なんだよ、今。
エスパー・リーマスとかいうドラマでも作る気なのか。
リーマスの胸から顔を放して見上げると、これ以上ないというくらいの笑顔だった。
何がそんなに嬉しいんだろ?
私はこんなに情けない姿を曝しているのに。
リーマスは私の後頭部を押して、自分の胸に押し付けた。
「泣いてる顔も、全部可愛いから。卑屈にならない方がいいよ、
金よりもこの温かいのが好きなんだ。
こんな恥ずかしい言葉絶対言わないけど。
今、絶対顔は真っ赤になっている。
見られたくないと思っているのを、きっとリーマスは知ってるから。
怖いけど、この人は優しいから。
そう思った瞬間、物凄いドスの効いた声で、それでいて穏やかな声で呟いた。







「この照れ屋を治した方がいいかもね」







見上げたリーマスは、妙な笑顔を浮かべていた。






あの事件の犯人は、いつになったら分かるんだろうか。








あとがき
バカくさくて長い話ですね。
前半はリリー、後半は主人公の視点となっております。
照れ屋で、ぶっきらぼうで、口数少ない主人公でお届けしました。(笑)
最後のセリフは一体何を意味するのか。
パソコンの前の皆様にお任せいたします(笑)
こんな長いバカ話を読んで下さってありがとうございました!
感想等、切にお待ちしております。
H16.4.8 Shion Halu