目と頬を腫らしてカオリが帰ってきたときには驚いた。
泣いていたのか、とも思ったが、どうやらそうではないらしい。
カオリの後ろには寮監のマクゴナガル先生が厳しい顔で立っていた。
「いいですか、ミス・タカクラ!もう二度と…」
マクゴナガル先生の怒声に、カオリは耳を塞ぎながら
「あぁ、はいはい、わかりましたよ」
とあんまりわかっていないような口調で答えていた。
それが余計先生の癇に障ったらしく、
「女子生徒が男子生徒と取っ組み合いなんて、何ごとですか!?
いつも大人しい生徒だと評判の貴女が!」
と物凄い剣幕で怒鳴り散らしていた。
カオリは「冷静沈着」という言葉が一番似合っているような生徒だ。
とにかく、静かで何があっても冷静に対処できる。
暗いわけではないのだが、年の割に落ち着いた物腰で接する。
僕に言わせて頂ければ、態度が冷たい老成した少女ということなのだが…。
こんなことを言うと愛しのリリーに怒鳴られかねないので、今の発言はなかったことにしてくれ給え。
リリーも慌てて公用の救急箱を取り出してきた。
マクゴナガル先生も、飽きることなく説教しつづけている。
あの先生は一日に何度人に説教したら気が済むんだろうか。
細いのは、説教することでカロリーを消費しているからに違いないな。
「いいですか、ミス・タカクラ!!二度とこんな真似はしないように!」
「ふぁ…い」
今のは、返事じゃなくて欠伸だな。僕には分かる。
隣に座っている親友が「誰にでも分かるよ」などと言っているが、軽く流しておこう。
マクゴナガル先生がぶつぶつと怒ったような独り言を呟きながら寮を出て行った。
カオリは一体、どうして取っ組み合いなんかしたんだろう?
「この腫れ様はなんなの、カオリ!?」
マクゴナガル先生のあとはリリーか。
よくよくついてないな、カオリも。
リリーは怒ると怖いけれども、カオリにだけは怒っても優しい気がする。
これは「女の友情」とかから来るものなのだろうか。
絶対に肘鉄をしたり回し蹴りをくらわせたりしない。
羽交い絞めも四の字固めもない。
「俺の彼女もそんなことしないぞ、ジェームズ」
シリウスが気味悪そうに僕を見ながら呟いた。
…こんなことを彼女にされるのは、僕くらいなのだろうか。
「カオリ。お前、何してきたんだ?」
カオリの横に偉そうに腰掛けて尋ねるシリウスが、カオリの父親に見えた。
息子に喧嘩の原因を尋ねる父親というのは、きっとこんな感じだ。
カオリはつまらなそうに一言。
「喧嘩」
ご名答だ、カオリ。
それ以外ないだろうね。
しかも、シリウスの質問に的確に答えている。
さすがカオリだ!
カオリの答えにリリーが吹き出した。
シリウスは憎らしそうに頭を掻いて、
「だーから!誰と喧嘩してきたって聞いてンだよ!」
「『何してきた』という質問に、『誰と喧嘩してきた』という意味は含まれないぞ」
「暗にそう聞いてンだよ!人の言葉の裏まで読み取れ!」
「人の言葉の裏を見るとキリがないだろうに。誉め言葉は全てお世辞となり…」
「はいはい、わかった!わかりました!俺が悪うございました!」
シリウスは頭に左手をあてると、右手でカオリの言葉を止めた。
シリウスは顔に表情が出やすいタイプだ。
今でも「このクソアマ」と言わんばかりの顔をしている。
一方、カオリはあまり顔に表情が出ない。
その代わり、彼女は「目」に表情が現れる。
色が変わる、とかそういうことではない。
上手く表現できないが、嬉しそうな目とか、哀しい目とか、すぐに目を見れば分かるのだ。
因みに、今の彼女の目は完全にシリウスを馬鹿にしている感じだ。
頬の手当てが済んだリリーは、満足そうに腕を組んで笑っている。
「で、カオリ?誰と、どうして喧嘩なんてしたの?」
カオリの頬を両手で包むようにして尋ねた。
こっちはまるで母親だな。
…ちょっと待て、前言撤回!
リリーが母親でシリウスが父親だと、そんなことがあるものか!
リリーが母親なら、父親は僕だ!
親友だろうが何だろうが、誰であろうとリリーは渡さないぞ!
「おい…何一人でぶつぶつ怒ってんだよ」
君のせいだぞ、シリウス!
反抗期の一人娘を持て余したような顔をしている君が悪いんだ!
「ジェームズ!煩いわよ、静かにしてて!」
ごめんなさい、お母様。
リリーはまたカオリに視線を戻すと、優しく尋ねた。
「カオリが喧嘩するなんて只事じゃないわ。どうしたの?何かあったんでしょ?」
「…セブルスが…」
蚊の鳴くような声でカオリはぽつりと呟いた。
膝の上で手を握り締めて、ぶるぶると肩を震わせている。
「『人狼は、いつまで生きる気なんだ?あんな汚らわしい生物がこの世に存在すると思うと、
夜も眠れん』て…」
リーマス絡みか。
今日は満月だから、リーマスは出てしまっている。
シリウスのレポートが終わらないから、僕達は一緒に行かなかったが…大丈夫だろうか。
…そう言えば、シリウスはレポートを終わらせたのか?
その為に親友を一人であんなところに行かせたんだぞ!
呑気に父親面してないでさっさとレポートを終わらせろ!
「『汚らわしい生き物には、汚らわしいマグルと野蛮な魔法使いがお似合いだな』だって…」
そこまで話すと、突然カオリは立ち上がった。
普段、表情の見えない顔は「阿修羅の如く」だった。
シリウスなんか完璧に隣で怯えている。
「あの野郎!殺す!叩きのめす!」
殺して鎌倉ハムに肉売りつけてやる!と叫ぶと、そのまま寮の出口の方へ向かった。
ハム業者に人肉を売ってどうするんだ?
普段は突っ込む側なのに、そんな頭もないらしい。
これは、呑気に実況中継をしている場合ではないかもしれない。
慌ててリリー達は後ろからカオリの肩を掴んだ。
「おい、カオリ!落ち着け!」
「これが落ち着いてられるか!放せ!ぶち殺すぞ、あの油頭!」
カオリは完全にキレている。
写真に収めておいたら、後々高く売れるかもしれない。
ホグワーツに入学してからもう丸五年が経っている。
その間に一度も怒った顔など見せた事がなかったのだから。
よほど頭に来たに違いない。
普段大人しい奴ほどキレると怖い、というのは本当だ。
キレられたセブルスだって、まさか修羅のような顔をして殴りかかってくるとは思わなかっただろう。
リーマスは愛されてるね。
普段、僕達のようにスキンシップが多いわけではないので心配していたが…。
口では冷たい言葉を吐きながら、カオリはリーマスを本当に愛してるんだねぇ。
「放せっつってんだよ!テメェも殺されてぇのか!」
とうとう自分の肩を掴んで放さないシリウスに杖を取り出した。
後ろ向きで、どうやって魔法を使うつもりなのだろう。
「落ち着きなさい、カオリ!」
リリーも必死で止めている。
これは…マクゴナガル先生でも呼んで来ないと収集がつかないかもしれないな。
呼んで来るか。
僕が立ち上がった瞬間、ぎゃあぎゃあと叫びつづけていたカオリがその場に倒れた。
寮にはリリーの絶叫が響き渡った。
今夜一番の煩さだ。
翌日、カオリは授業を休んだ。
昨夜酸欠でぶっ倒れて、シリウスがぷりぷり怒りながら医務室に運んだのだ。
大分疲れが溜まっていたらしいし、どうやら喧嘩で肋骨の骨まで折れていたらしい。
廊下ですれ違ったセブルスは右足を骨折していて、ひどい顔をしていた。
両頬は腫れ上がり、目の周りは真っ青だった。
「無茶な喧嘩はしないでよ、カオリ」
カオリの寝ているベッドの横にリーマスが座っていた。
「何でそんな事知ってンのよ」
ぶすっとした表情でカオリはリーマスの方を向くために寝返りを打った。
「昨日の、あれ。ジェームズが記録しといてくれたんだ」
古館とは行かないまでも、なかなか面白い実況だったよ、とリーマスは笑った。
ジェームズが何か一人でぶつぶつ呟いていると思ったら、リーマスのために実況しながら
記録をとっておいたらしい。
「あの眼鏡」と吐き捨てるようにカオリは呟いた。
「肋骨が折れてたんだって?」
「すぐ治る」
「そういう問題じゃないでしょ」
「治れば問題ない」
「顔も腫れてるし」
「太りすぎなだけ」
「全然太ってないでしょうが」
三文小説のような会話が続いた。
カオリの淡白な返事にリーマスは苦笑いしながら溜め息をついた。
「愛されてるねぇ」などとジェームズに小突かれてしまっては、何だか諌める気にもならない。
「セブルスなんかと取っ組み合いして…」
まだ不服そうに何かを言い返してきたカオリにリーマスはキスをした。
口を塞がれて言い返せないカオリは露骨に嫌そうな表情を見せた。
リーマスは微笑ましそうに口を放すと、耳元で囁いた。
「今度は、僕と取っ組み合いしてくれればいいのに?」
あとがき
はい、微妙。(第一声がそれかよ)
やっぱり思いつきでキーを叩くのは、私には向かないようです。
哀しい話も疲れたし、いっちょ明るいの!を目指した…のですが。
最後の「今度は~」のセリフは、そゆことです(笑)。
すごいリーマスさんが微妙なんですけど…溜め息出ちゃうわぁ~!
セブルスファンの方々、ごめんなさい。悪役で…ハッハッハ。
読んでくださってありがとうございました。
感想等、切実にお待ちしています。
H16.4.8 Shion Hal