世の中はどうして上手くいかないんだろう。
暗い廊下をとぼとぼと歩きながら思わず溜め息が出た。
別に勉強しなかったわけじゃないのに、何でこんなに成績が悪いの?
むしろ、今回はいつもより頑張ったのに。
予習もきちんとしていったのに、どうしてあんな簡単な質問に答えられないの?
おかげであの嫌味なスリザリン生に笑われた。
やっていないわけじゃない。
少なくとも人並みにはやっている。
なのに、どうしてこんなに出来ないんだろう。
レポートもやらなきゃいけない。
宿題も予習も復習も。
やるべきことが山積みで、何から手をつければいいのか分からない。
お先真っ暗というのはこういうことかしら。
やらなくちゃいけないと思えば思うほど、焦って焦って全然先に進めない。
机に向かうと胃まで痛くなってくる。
そういう状態が続くと、どうしても顔に出てしまう。
出さないようにしていても、やはり周りに分かってしまう。
特に私の友達は敏感だから。
おかげでリリー達にも心配をかけている。
そんな自分が本当に情けなくて、哀しかった。
「最近、具合悪そうだけど大丈夫?」なんて優しく声をかけないで欲しい。
どんどん自分の黒い部分が見えてくるから。
いつでも蓋をして心の奥底に閉じ込めている、あの黒くてどろどろしたものが流れて出てしまう。
そんなものが自分の中に存在するとういうこと自体が嫌だ。
気付かないふりをさせて欲しいの。
やめて。
醜い自分を曝け出させないで。
こんな自分見たくない。
友達に当たるなんて本当に最低だと思う。
でも、止まらなかった。
自分では止められなかった。
気がついたら、あの黒いどろどろしたもので心がいっぱいになっていた。
きっかけはシリウスの一言。
「あんまり無理すんなよ」
心配して言ってくれたのに、どうして私は素直に「ありがとう」と言えなかったのだろう。
無理するなだって?
私は頭が悪いのよ。
人よりよっぽど劣ってるのよ。
何もしないでいい成績取ってられる誰かさんと違うのよ。
無理でもしないと人に追いつけないんだ。
あんたに何がわかるの?
自分が出来るからって、偉そうなこと言わないで。
シリウスは呆然としていた。
何も言わなかった。
そこまで言ってから、私は自分が滅茶苦茶なことを言っているのに気がついた。
そこにリリーとジェームズが口を出した。
「シリウスはのこと心配して言ってくれてるのよ」
分かってる、そんなこと。
いちいち言われなくたって。
「八つ当たりはよくないぞ、」
だから、そんなこと分かってるの。
いつもの私なら絶対にあんなこと言わなかった。
そう、いつもの私なら、万が一シリウスにあんなこと言っても、ここですぐに謝れた。
冷静な自分に戻れてる。
けれど、私が口にしたのは「ごめんなさい」じゃなかった。
頭に血がのぼって、完全に我を失っていた。
うるさいな、黙っててよ。
出来る人に出来ない人の気持ちなんて、わかるわけないでしょ?
分かりもしないくせに、皆して偉そうなことばっかり言わないで!
自分が何を言っているのか分からなかった。
リリーもジェームズも呆然としていた。
二の句が告げなかったんだと思う。
あまりにも私が愚かで、何も言う気になれなかったんだ。
このとき、やっと私は我に返った。
もう、その場にはいられずに、私は談話室から飛び出した。
そして今、溜め息をつきながら暗い廊下をとぼとぼと歩いている。
頭も悪い。
性格も悪い。
顔もスタイルも悪い。
こんな自分、大嫌いだ。
思わず両目から涙が溢れ出た。
最低だよ、私。
成績が悪いのも、答えられなかったのも、集中できないのも、全部自分のせいなのに。
散々人に心配かけた挙句、心配してくれてる人に八つ当たりするなんて。
きっと、もう皆私になんか話し掛けてくれないだろうな。
どうしよう。
きっと心の底から私なんか軽蔑したに違いない。
今更謝っても、もうそれは消せないだろうな。
呆れたくもなるよね、あんなこと言われたら。
リリー達と顔合わせられない。
寮に帰れないじゃん。
夕食も取れないし。
授業もこれからどうしよう。
後悔と惨めさでおかしくなりそうだ。
何て惨めなんだろう、私って。
人間のクズかも。
あぁ、生きてる価値もないかもな。
消えちゃった方がいいのかも?
だって、もう誰も私なんかと話してくれない。
誰も私のことなんか必要じゃないでしょ。
全てが人より劣ってる人間なんて、誰が好きになってくれるのよ。
誰が必要としてくれるのよ。
廊下の窓をあけると、キレイな夕日が見えた。
茜色のキレイな空が広がっている。
何だか夕焼けって切ないな。
どうしようか。
切ない、この何ともいえない景色に包まれて飛び降りてみようか。
この高さだったら一気に逝けるかな。
ちょっと高さが足りないかな。
下手に落ちて下半身付随とかになったら、もっと惨めかも。
どうしよう。
しかし夕日がキレイだな。
窓の桟に頬杖をついて、ぼおっと外を眺めていたら、突然強く肩を掴まれた。
何ごとかと思って驚いて振り向くと、リーマスが息を切らして私を睨んでいた。
シリウス達から全部聞いたのかな。
いくら優しいリーマスでも愛想尽かすよね。
「何してんの、」
リーマスの声は怒っている。
「飛び降りてみようかな、とか思って」
私が答えた瞬間、目の前にはグリフィンドールのネクタイがあった。
リーマスが私を抱きしめていた。
「何考えてんだ、は!?」
久々にそんな怒った声を聞いた。
セブルス・スネイプにジェームズがバカにされたとき以来だ。
あれから、もう三年くらい経っている。
リーマスは、何故そんなに怒る必要があるのかな。
「私なんかいらないじゃん。この世に必要ないし」
「そんな訳ないだろう!」
リーマスは私の両肩を掴んで胸から離すと、その体勢のまま怒鳴った。
「がいなくなったら、のことを愛してる人たちはどれだけ悲しむと思ってるんだ!?」
「私のこと愛してる人なんていないよ」
そうでしょ?
こんな最低な人間を好きな人なんているワケないじゃん。
リリー達も愛想尽かしただろうし。
リーマスは優しいからね。
心の中では呆れ返ってても、こんなこと言ってくれるんだね。
「ここにいる」
リーマスは言った。
「僕はが大好きだ、愛してる。だから、がいなくなったら悲しむよ」
リーマスの目は本気だった。
私の目からまた涙が溢れてきた。
何でこんなに嬉しいんだろう。
感動してる自分に驚いた。
バカみたいに私はボロボロ泣いていた。
リーマスの胸で、本当バカみたいに泣いた。
キレイな夕日が完全に地平線に隠れてしまうまで、私は泣き続けた。
リーマスに連れられて恐る恐る寮に戻った。
リリー達はどんな反応をするだろう。
反応もしてくれないかも。
リーマスは「絶対大丈夫だから」と言っていたけれど、謝っても許してくれないかも。
恐々談話室に入ると、リリーが泣きそうな顔をして抱きついてきた。
びっくりした。
もう二度と話してくれないと思っていたのに。
リリーは「心配したんだから!」と泣きじゃくっていた。
ジェームズもシリウスも、あんなひどいこと言ったのに、心配してくれていたらしい。
「どこまで世話が焼けんだ!?」と、シリウスは怒っていた。
私はリリーと抱き合いながら、また涙が出てきた。
明日の朝は目が腫れて、ひどく不細工な顔になってるに違いない。
泣きじゃくりながら「ごめんなさい」と何度も謝った。
涙と一緒に、心の奥にあった黒いどろどろが流れていったような気がした。
あまりにも私が泣くものだから、リリー達が困っていた。
「そんなに泣かないで。謝らなくていいのよ」
「こっちも無神経なこと言って、ごめん」
なんて、逆に謝られてしまって、本当に私は情けない。
しみじみそう思った。
私は自分が嫌いだった。
ずっと前から、大嫌いだった。
何をやっても人並みに出来なくて、一生懸命やってるのに、なんか報われなくて。
「この世にいらない人間なんていない」とかいう言葉を綺麗事としか思えなくて。
いつだって自分の周りの人に憧れていた。
その人達に憧れる一方で妬んでいる気持ちもあって。
それにきつく蓋をして、心の奥に閉じ込めて。
そんな自分が嫌で嫌でたまらなかった。
だけど、誰かに「愛してる」と言われただけで、こんなにも気分が晴れる。
上手くいかない世の中も、上手に生きられない自分も、「結構いいかも」なんて思えてしまう。
私が単純なだけかもしれないけれど。
明日からはもうちょっと、自信を持って生きてみようかな。
「愛してる」と言ってくれた、大好きな人のためにも。
きっと、少しずつ自分が好きになれると思うから。
あとがき
夢小説にしようか、普通の小説にしようか迷いました。
青春の葛藤(?)を描いてみましたが、どうでしょうか。
あんまり出来ない主人公と、その友人達の物語。
夢小説らしくはありませんが、リーマスのような人がいる
ことを信じて頑張りましょう。みたいな。(笑)
読んでくださってありがとうございました。
感想等、お待ちしております。
H16.4.3 Shion Halu